PROFILEインタビュープロフィール
世界的企業から与えられた挑戦
「今の私たちに、どこまで戦えるか」
ドイツに本社を置く外資系化学メーカー メルクエレクトロニクス株式会社様。世界中にある拠点の中でも、同社の静岡事業所は、電子機器に欠かせない半導体やディスプレイ用の特殊材料の開発、製造を手がけ、グローバルな半導体材料市場をリードしています。
2019年、静岡事業所様のセントラルオフィス新設に向けた設計施工コンペが実施され、当社を含む3社が参加することになりました。お施主様からの要望は「思わず二度見するようなランドマーク的建物」。世界中にあるメルクのオフィスビルの中でもひときわ際立つ、圧倒的なコンセプトが求められました。
ライバル企業は、日本を代表する建造物をいくつも手がけてきたスーパーゼネコンと、地元に根を張り、県内外で確かな実績を重ねてきた老舗企業。手強い相手を前にどこまで戦えるか、当時の私たちの立ち位置を確かめるという意味でも、本コンペには重要な意味がありました。
祭り前夜
今回のコンペを難しくしていたのは、手強いライバル企業の存在だけではありませんでした。もう一つの難関、それは、現場説明から提案書の提出まで、わずか1ヶ月しかないことです。
これまで当社では、コンペの都度、一人の設計者が計画から提案までを一手に担ってきました。そして、それは孤独な戦いでもありました。しかし、今回私たちが挑むのは、世界的企業のセントラルオフィス建設であり、プラン確定からプレゼン資料作成までを1ヶ月でまとめなければなりません。一人でこなすのは到底無理があると判断し、このコンペでは初めて、複数の設計士がそれぞれの得意分野を分担することになりました。
まずは、グループリーダーの松本がコンセプトや全体の基本計画を設計。松本から流れてきた単線レベルの計画図をもとに、BIM推進リーダー 小野寺の指揮のもと、オペレーターがフル稼働で内観、外観パース、更に動画を作成していきます。そして最後に、2次元のグラフィックを得意とする設計ブロックリーダー 安井が、出そろったデータを提案書に落とし込んでいきました。
3人の長年の経験とスキル、そしてそれをサポートする人たちの力を結集し、ようやく提案書を形にすることができたのです。「締切間近の休日には、3人で喫茶店に集まり、死にものぐるいで提案書をまとめました。学生時代の文化祭さながらのノリと勢いがあり、自然と苦にはなりませんでしたね(笑)」と、振り返っています。
ターニングポイント
実は、3Dモデルを使った動画の導入も今回が初めて。それまで、当社のコンペでの勝率は3~4割ほどでした。平均値には達していたものの、地域密着型のゼネコンとして皆さまに信頼していただくためには、参加するコンペの半数以上は勝ち取りたいところ。そのためには、提案の仕方を工夫し、競合との差別化を図ることが重要と考え、小野寺の発案のもとで今回から動画の制作が進められました。
分担作業と3Dモデル動画の導入は、今では当社の定番戦略です。短時間に大量のコンテンツを作り、まとめ上げるスキームを構築したことで、近年の勝率は約6割と、倍以上に成長しました。今思えば、このコンペへの挑戦は、私たち須山建設にとってのターニングポイントだったのかもしれません。
「用」と「美」の追求
「思わず二度見してしまう」「訪れた人に圧倒的な存在感を感じさせたい」「エントランスは広々とした解放感のあるものに」など、新オフィスに求められたコンセプトは、一見イメージ主導型のようでした。しかし、そのコンセプトの奥には、使用する色やセキュリティ上の細かな規定など、具体的な決まりごとが数々存在しており、それらの両立が求められていたのです。つまり、ただ見た目がかっこいいだけの建物では通用しないということ。設計者は、ハード面とソフト面をうまく使い分けながら計画し、提案していかなければなりませんでした。
夢の設計図
まず、意匠設計を進める上で私たちが目指したのは、「地方にありながら、地方らしさを感じさせないオフィス」。優秀な技術者を獲得するには、「ここで働きたい」と思わせる魅力ある職場環境が必須です。そのためにも、「こんな建物を建ててみたい」という建築士としての夢を存分に詰め込みました。
とはいえ、もちろん予算的な制約もあります。コストを重視して抑えるべきところは抑え、一方で見せ場では、細かなディテールにまでこだわり、美しさを追求していきました。外観は、メルク様のカラフルなロゴをモチーフに、緩やかな曲線と大胆な直線で構成。ファサードは、伸びやかな曲線のキャノピーと、シックで重厚なサイディングパネルとのコントラストを強調しました。ガラスカーテンウォールの曲面からは開放的で柔らかな印象が生まれ、応接会議室に面した水盤がきらめきを演出します。
ファサードを抜けてエントランスに入ると、大きな吹抜けが広がる大空間がお出迎え。まるで空を飛んでいるような視界になることから「フライングコリドー」と名付けられた渡り廊下と、その先に続く大階段が、建物の各セクションをゆるやかに分断します。こうして、訪れた人を圧倒するダイナミックな空間を表現しました。
セキュリティ対策と臭気対策
建物の実用性を極める上で特に苦労したのは、セキュリティ対策と臭気対策です。まず、セキュリティ対策では、お施主様からドラフト時にお示しいただいた詳細な決まりごと、ゾーニングやセキュリティレベルの設定などをベースに、何度も検討と改良を重ねました。決められた面積の中で、どの権限の人がどこまで入れるかなどの要件を確実に網羅しつつ、革新的なデザインを追求する、この工程はまさに至難の業だったと言えるでしょう。
一方、厨房を含む社員食堂(通称「canteen:キャンティーン」)がエントランスに面していたことから、食堂からの臭気対策も非常に悩ましい課題でした。建物内に入った途端、カレーの香りが漂っていたのでは、せっかくの美しい建築も台無しです。
そこで、流体解析ソフトを活用し、新鮮な外気をどのようなルートで取り込み、また臭気をどのように排出するかを徹底的にシミュレーション。最適な空調環境を保ちつつ、適切な気流を作り出す工夫を施しています。加えて、エントランスがガラス張りの吹き抜けとなっているため、熱がこもらないよう温熱環境のシミュレーションも行いました。
こうして、当時の私たちが持ちうる全てを出し切って臨んだコンペ。デザイン性、コスト、機能性など総合的な観点から高い評価をいただき、お施主様からご指名をいただくことができました。
良い建築は、海を越える
最後の壁
当然、コンペを勝ち取った後が本当の始まりです。特に今回は、基本設計の確定後に、ドイツ本社からの承認を得なければ、実施設計に着手できないことが、大きな壁として立ちはだかっていました。
実施設計にかけられる期間は、わずか1ヶ月半。お施主様とのイメージ合わせや、別途業者との打ち合わせなど、調整しなければならない事項も山積みです。打ち合わせの進行、議事録作成、イメージ動画の制作など、これも設計スタッフ3人体制で臨むことで、何とかスケジュール通りかつ予算内に完了することができました。
ドイツ本社からの承認を得る際には、お施主様であるメルクエレクトロニクス株式会社 静岡事業所様の所長が、私たちが制作した動画を持ってドイツ本社に赴き、「これが作りたいんだ」と熱く説得してくださったそうです。「この動画を使ってプレゼンしてきたんだよ」と、誇らしそうに語る事業所長の姿が、私たちにとってなによりも喜ばしいことでした。この動画がなければ、今のセントラルオフィスは実現していなかったのかもしれません。
プロジェクトの総括
メルクエレクトロニクス株式会社 静岡事業所様のセントラルオフィスが、2021年1月にオープンしました。静岡事業所の全部門共通のオフィスであるこの施設は、事業所に勤務される全社員の皆さまの促進や、顧客との議論の場として活用されています。国内外から訪れるビジターやベンダーからも大好評で、「このオフィスが世界中の拠点の中で一番いいね」と言っていただけているそうです。静岡事業所様とのご縁は今も途切れることなく、建築の設計以外でもご用命いただくなど、頼りにしていただいています。
本プロジェクト以降、当社としてコンペで戦う場が増え、また戦う相手も少しずつ変化してきたことから、会社全体の成長を実感できるようになってきました。須山建設が変わる大きなきっかけをくださったメルク様、そして、成長を支えてくださった周囲の方々に、心からの感謝の意をここに記します。
PROJECT ABOUTプロジェクトの概要
場所 | 静岡県掛川市千浜 |
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発注者 | メルクエレクトロニクス株式会社 |
設計 | 須山建設株式会社一級建築士事務所 |
用途 | 事務所 |
規模 | 鉄骨造2階建 |
竣工 | 2020年12月 |
PROJECT MEMBERプロジェクトメンバー
設計グループリーダー
松本 浩敬HIROTAKA MATSUMOTO
設計課長
BIM推進リーダー
小野寺 司TSUKASA ONODERA
管理建築士 取締役
設計ブロックリーダー
安井 孝浩TAKAHIRO YASUI
電気設備担当
チームリーダー
植田 和孝KAZUTAKA UEDA
機械設備担当
チーフ
辻村 吉彦YOSHIHIKO TSUJIMURA